行動力と人間力を身に付け、リーダーシップのある人材育成をめざして、さまざまな取り組みを行っています。
東京大学大学院 教授・牧野 篤 様
株式会社マルコー商会(現株式会社MARUKO) 会長・洪本 正克
株式会社マルコー商会 (現株式会社MARUKO)代表取締役・鈴木 真理子
●会社がうれしいと、社員もうれしい
牧野篤 本日は人材育成、会社や人の「成長」というテーマで話を伺います。
成長といっても、もはや経済成長や会社の規模拡大という時代ではなくなってきました。多くの会社が目先のことにとらわれ、長い目で見た人材育成に取り組めなくなっています。
そうした中で洪本会長は「この会社は自分の会社であって自分の会社ではなくなってきました。みんなの会社であり、社会の会社である」と言って、人づくりに力を入れています。私はそれが今の社会に求められる企業の姿だと思い、強く感銘を受けました。その意味をじっくりお聞きしますが、まずは創業以来の会社や時代の変化について。
洪本正克 私自身、35年前に解体業という、いわゆる「3K(きつい、きたない、危険)」の仕事をあえて選んで会社を始めました。当時は誰もやりたがらない仕事と見られていましたが、だからこそ、人がいればいるだけ仕事があって利益になり、会社の成長につながっていました。人材も磨けば磨くだけ光るという方針で、ビシビシと指導してきた時期もあります。
ところが今は、そんな明るい世の中、遠くを眺めていける時代ではなくなってきました。人の質も変わってきています。そういう中で、私自身は自分をよく見つめ、「日々前進」を意識しています。やらないよりも、やる。それをみんなに分かってもらえるよう、一緒に成長しようと、言葉に出して呼び掛けています。
鈴木真理子 私は父から引き継いだ二代目で、すでに会社はある程度、出来上がっていました。団塊の世代の方々が頑張ってきたところで、私たちが引き継ぎ、次に何をするべきだろうかと正直、迷うことも多くあります。
社内でも、今までやってきた人は「会長と一緒にまだまだ頑張るぞ」という意識がありますが、出来上がったところに入ってきた若い人たちは「どうしたらじゃまにならず、一緒にやっていけるのだろうか」と遠慮している面もあります。そんな風に思ってしまうと、人の成長も会社の成長も難しくなってしまう。そこでどうしたらいいのか、私は自分自身も重ねながら社員を見ています。
牧野 成長のあり方が昔とは変わってしまったのでしょう。会長がやってきたころは、みんなが一緒の方を向いて頑張り、みんなが豊かになれました。今それが終わってしまって、次の成長とは何か、みんな分からない。いろんな価値観が出てきていますが、お互いにつぶし合っている面もあります。
若い人は、個性が大事だよと言われながら、比較優位で上に立ちなさいとも言われる。そこで最初から自分を上に置いて、他人のことをバカにしたり、ひたすらつぶし合って、下に落とされたりする。互いに認め合って、高め合っていきながら、人の能力を発揮するにはどうしたらいいのでしょうか。
鈴木 私は、会社は家族のようなものだと思っています。私は母親のつもり。私が社員に甘えることがあるし、社員にも甘えてもらいたい。あなたたちがいるから会社がある。まず自分のためにやってほしい。それは自分のそばにいる家族のため、そして会社のためでもある。そんな順番で話をすると、今の若い人たちにも分かってもらえると思っています。
牧野 「人は他人の欲望を欲望する」と言われます。単に人が持っているものを欲しいという意味ではなく、「欲望を達成する喜び」を自分のものにしたくなるという意味です。そんな人間関係の基本にあるものが、社員の成長を喜び合い、認め合うというマルコー商会の社風の中で、いい循環になっているようです。
洪本 社員のやる気を上げるには、一人ひとりの立場と力を見守った上で、もう一つステップアップしたものを掲げてあげることが必要です。例えば、ある社員に1年前は「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」が重要だと言ってきたが、今はホウレンソウが当たり前にできるようになった。次は、そこで出てきた問題をどう解決していけるかが重要だと気付かせます。そんなふうに、1年前の君はこうだったけれど、今はここまで出来たねと、言葉に出してあげる。それが社員の成長を促すということであり、そんな社員の成長を見ると、私もうれしい。
会社は、「社員のあなたたちがあってこそ。だから、自分たちの会社と思ってもいいよ」と言っています。自分の会社だと思えば「愛社精神」も出るでしょう。
牧野 会長がうれしい、つまり会社がうれしいと、社員もうれしい。「愛国心」の場合、「国が自分のことを愛してくれないのに、なぜ愛国心が持てるの?」という疑問になります。愛社精神も、会社が自分のことを大事にしてくれたり、思ってくれたりするからこそ、自分も会社を愛せるようになるのでしょう。
●「家族のような会社」の成長
洪本 会社全体のことでも、10年後にはこれだけの会社にしたい、と大きな課題を出して、それに向かって頑張っていこうと社員に言っています。解体業は歴史が浅く、年100億円の売り上げを出している会社はまだありません。しかし、今はグローバル化で一つ一つの仕事が大きくなり、チャンスはあります。
100億円以上を売り上げるため、グローバル化に対応した組織づくりと人づくりのレベルアップをしなければなりません。そのためには、自社だけでは無理。協力会社がどう自分の会社に合わせてくれるか。マルコー商会が「核」になって、協力会社が「輪」になってくれれば、掛け算のように事業も拡大すると考えています。
もちろん自社の社員も、一人でも多く素質のある社員を採用したい。大切な人材を、会社で一丸になって、時代に合わせて教育をしていきます。
鈴木 解体業は男性ありきの現場でした。そんな中で、私なりに男性の価値観を女性社員に伝え、女性が感じたことを男性に伝えたいと思ってきました。お互いに人として、男女共に気持ちの面で成長してもらいたい。簡単な袋詰め作業一つとっても、気持ちのない子はできません。心を込めて仕事のできる社員を、一人でも多く育てていきたい。
そのためにも、全体に少し余裕を与えていくと、もっとステップアップしていく気がしています。現場が終わったら、少し休みをとれる機会を増やす。他の同業者とは違って、家族の時間を持てるようになったり、心の余裕を持てたり。それが中小企業ではまだできないかもれしれないけれど、大企業になる一歩手前の中小企業であれば、逆に一番必要であると思っています。中小企業なりの、心温まる家族のような会社づくりを大事にしつつ、大企業になったらもう一つ脱皮して、人のため、社会のために貢献していきたい。
牧野 会社と社員の関係は、「贈り物とお返し」の関係と似ています。「会社はあなたを期待しているよ」という贈り物を渡されると、人は何か返さなければと思ってしまう。贈られた分かもしれないし、「倍返し」かもしれない。それが会社全体で、贈って贈られてという状態になると、その会社は強くなります。そしてその関係が社会にも開かれていけば、このマルコー商会は社会に必要な会社だと思われていくでしょう。企業が長い目で見て人材育成をすれば、社会のためになり、結果的に自分たちに返ってくるのです。
●認め合う社風を社会へ開く
洪本 人のためにやれば、必ず自分に返ってきて、自分のため、自分のプラスになります。それが人の成長ということでしょう。
人は成長すると、どんなにつらいことがあっても我慢できます。一つの方針が定まったとき、発揮されるパワーは大きい。そして人より成長が早くなり、やがて楽しくて仕方がないような状態になる。
そのためにも、出会いが大切です。牧野先生のような人生の恩師から学び、また一緒になって引っ張ってもらえるように、私自身も精進していきたい。出会った人には、「思い」をもってあげます。あなたを思っていますと言われたら、みんなうれしいでしょう。互いに思い合い、助け合い、成長しましょう、みんなの人生のために頑張りましょう。そんなことを周囲にも、自分自身にも言い聞かせています。
鈴木 私も、入社当時に18歳や22歳だった社員が成長して、思いやりのある女性に育ってきていると、すごくうれしい。父と同じことはできていませんが、自分の心を強くして、社員にも「強く優しい心」で接しようと努めています。
父は私の子ども時代から今に至るまで、家庭であっても会社のことであっても、これと決めたら実現するまで絶対にブレません。私が小さいころ、自転車の練習がすごく厳しかったのですが、父の練習についていけば、自分は必ずこげると信じていたことを覚えています。そのまま、自転車の後ろを押されるように今まで来ています。私だけでなく、社員のあこがれの男性像、社会人像が父の姿。それがマルコー商会の原動力であることは間違いありません。
牧野 人が次に向かって行こうとするのは、何かにチャレンジし、それを達成して、自分を新しく発見したとき。そこでさらに他人が認めてくれる、褒めてくれると、それでいいんだと思える。そしてこの人についていこうという、うまい形のつながり、循環ができていくのかなと思えます。
10年先が見えず、人間関係や会社のあり方がさまざまに問われる世の中ですが、マルコー商会のような会社が増えていくと、よい方向に変わっていくでしょう。ぜひその人づくりの取り組みを、社内だけにとどまらず、社会全体に広げてもらいたいと思います。本日はありがとうございました。
洪本 鈴木 ありがとうございました。
<牧野篤教授プロフィール>
1960年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院教育学研究科博士課程(教育学)修了。中国中央教育科学研究所客員研究員、名古屋大学大学院教育発達科学研究科助教授、教授を経て2008年から東京大学大学院教育学研究科教授、高齢社会福祉総合研究機構副機構長。本来の専門である中国近代教育思想に加え、近年は社会教育や生涯学習を研究。日本のまちづくりや高齢化、過疎化などに関心を持ち、自治体と公民館や生涯学習の共同調査をしたり、多世代交流型コミュニティーの構築を進めたり、企業と「ものづくりの社会化」プログラムを運営したりしている。近著に『人が生きる社会と生涯学習−弱くある私たちが結びつくこと』(大学教育出版)、『シニア世代の学びと社会−大学がしかける知の循環』(勁草書房)など。